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自衛隊員の一般人とは少し違う、しかし切なさと愛しさは変わらない恋「クジラの彼」

originally posted in 2018-3-4 物書きの端くれとして題名が目を引く本を古本屋で探したときに見つけた短編集。空の中より始まる自衛隊ラブコメシリーズの一冊。 【おすすめポイント】 題名の付け方に迷っていたときに古本屋で見つけた一冊。著者はラブコメであることを題名に盛り込みたかったようだが、一人の読者を新規獲得できたのであながち悪い題名でもないと思う。 「空の中」「海の底」「塩の街」などの長編の世界観で書かれているらしい(勉強不足のためそれらは未読)が長編を読まないでも話は理解できる。しかし読んだ方が理解が深まるのも確かだろう。いつか読みたい。 今回はあえて「いち短編集」として読んでみた。 表題になっている「クジラの彼」しがない短大卒の女性が潜水艦乗りの男と付き合うことになる。その直接的な要因が言葉のセンスってところに痺れる。 ハルこと冬原春臣が初めて主人公の前で泣くことになった事件というのが前出の長編で出てくるのだろう。やはり読んだ方がよりハルの心情が理解できる。それでもハルが泣くときの描写が目に浮かぶように痛々しい。 他の短編も順次再読します<(_ _)> 春瀬由衣

ー善と悪、破滅と復興ー「ソウルトランサー」

originally posted in 2018-3-2 エブリスタ発、魂交換者たちの生きざまを描く 【おすすめポイント】 廃墟となったテーマパークで、人格が入れ替わる謎の現象が起こる。重罪を犯した犯罪者に与えられるクライムレベル上位のハッカーを捕らえるはずが彼女と”ソウルトランス”されてしまった特対の青年は、深層を暴くべく地下深くの扉へ向かう。テーマパークの復活を願う美少女ハッカーと忌むべき思い出からそれを憎む特対の関係性は、トランスで変わっていく。 とりかえばや物語に始まる男女交代の手法で、善と悪を描いたアサスペンス。ハッカーには犯罪を犯したという自覚はなく、廃墟にも人間の命はある。ソウルトランスされて魂の脱獄を果した闇の帝王はかつての教官。バトルは息を呑むリアリティ、何回も裏切られるどんでん返しと伏線回収は見事! 初めてweb発の小説を買ったのがこの小説でした。 スリリングなアクションが好きな人におすすめかな。 徳間文庫 冒険エンターテインメント小説賞大賞受賞作を是非。 春瀬由衣

復讐を遂げても残る傷、人を救う意味「精霊の守り人シリーズ」

originally posted in 2018-2-28 上橋菜穂子先生の代表作。アニメ化、実写化もされた人気のファンタジー小説。 【おすすめポイント】 バルサという女用心棒が救ったのは皇子だった? 聞いただけでは「ラノベかよ」という粗筋からは想像できない重いテーマが詰まっているシリーズです。 全てを失ってまで自分を守って逃避行を続けてくれたジグロという男に「貴方が殺した分自分が救う」と告げるバルサに、ジグロが「救うと殺すは紙一重でどちらにも属しはしない」と諭す場面。 激情に駆られて武器を使うことを戒め、「自分が切っ先を相手に向けているときは、その切っ先は自分の魂にも向いているのだ」と教えてくれる場面。 物語が始まった時点では故人のはずの養父ジグロと、父を殺した母国に複雑な感情を持ち続ける女性バルサの掛け合いに、私は学ぶことが多いと感じました。 NHKでは実写化もされましたね。原作では皇子チャグムが主人公ゆえ大国と一人交渉する成長したチャグムがシリーズ終盤では見どころになるのですが、実写化でバルサを主人公にする上でバルサが死んだはずのジグロと相対する「闇の守り人」を最終章の見どころにした解釈も私は好きです。 上橋菜穂子先生は、伝える媒体によってどうすれば物語が活きるか、ということを深く掘り下げ、原作者である先生自ら必要に応じて物語を改変する姿勢がとても好きです。メディアによる芸術表現に貴賎はないと見ているように感じていますし、「自分の文章表現が至高なのだから1ミリも変えるな!」みたいな先生ではアニメも実写も上手くいかなかったと思います。 色々なメディアが混在するサブカルの時代の要請に応えた作家といえると思います。 実写化が原作ファンからも支持を得た稀有な例かもしれません(笑) 上橋菜穂子先生のファンになって久しいのですが、「鹿の王」も気になってます。単行本版は借りて一度読んだのですが内容を忘れてしまっています(;'∀') また読み次第レビュります(*'ω'*) 花粉の季節ですがご自愛ください 春瀬由衣

人間の声にならないもがきを救いとる文体「羊と鋼の森」

originally posted in 2018-2-26 単行本を図書館で借りて大好きになり、文庫版を買いました 「羊と鋼の森」宮下奈都著 【おすすめポイント】 田舎の学校でたまたま会った調律師に憧れ、同じ楽器店に就職した外村という青年の視点で描かれる物語。 天性の才能があるわけではない彼は、ピアノの音と向き合い続けます。言葉にできない”音”という事象に名前をつけ、通じるか通じないかギリギリのところで客と目指す音の風景を合致させていく気の遠くなるような作業。「明るい音」とは、「柔らかな音」とは”何か”、様々な比喩を用いて考える場面が私は好きです。 作家という職業も、この小説における調律師に似ていると感じました。言葉にしたら霞んでしまうなにかを、それでも言葉にして伝えなければならない。正解なんてない。「正しいという言葉には気を付けなければならない」――作中の言葉です。 羊毛のフェルトが鋼の弦を叩く。それだけのことに、主人公は美を見ます。世の中の美しいものをすくいとって人に気づかせてくれる存在だと言います。 なかなか成果のでない仕事に、ひたむきに向き合う青年と周りの人間たちの物語。この道を行けと先導してくれる世界は優しいけれど、一方では残酷なんだと感じました。 もがき苦しみ自分の進むべき道を見つけようとする、一目みたら醜いようなことに、柔らかく寄り添ってくれる作品です。 春瀬由衣