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世のタブーに切り込む視点「化け物の消息」

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画像: 化け物の消息/エブリスタ 処女を食らう化け物を巡る女性たちの憎愛 今回ご紹介するのは、処女を食らう大蛇の姿の化け物と人々の関わりを、様々な時代を舞台に描く歴史ファンタジーです。 題名は 「化け物の消息」 処女を食らう化け物は古代から現代まで変わらず存在しているとされ、身体は固く銃弾も効かず、ターゲットになった女性を守るべく戦った男性たちは無残にも敗れ去り、 愛する人が化け物に食べられるのを見守るしかありません 。 一方、愛し合った二人のうちの、男性側が処女と信じていた女性が、なぜか化け物に食われなかったら……?  「喰われるも地獄、喰われぬも地獄」 という作者の狭山直人さんのキャッチコピーはまさに作品を表すにぴったりで、食われなかった女性たちの「処女ではなかった」という事実もまた彼女たちを苦しめます。 また、作者の視点は鋭く、 話題になった時事問題をいち早く取り入れる ことでも知られています。最近更新された章では、医科大学が女性と浪人生の点数を一律減点した問題を取り上げていました。 フィクションながら風刺のきいた作風には賛否両論あるとは思いますが、好きな人は好きに違いない! 毎回〝化け物の消息は、ようとして知れない〟で締まる 章の終わりに病みつきになります。 恐らく作者がなんらかの理由で筆を折ってしまうまで続くであろう短編連作です。 ぜひいまから読んでおくことをお勧めします! 春瀬由衣 サイト訪問者の皆さまへ ブログランキング参加中です。下のリンクをぽちっと投票お願いします(๑•̀ㅁ•́ฅ✧ 人気ブログランキング にほんブログ村

情報の殴り合いの果ての世界「know」

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画像  写真AC 野崎まど著、「know」 早川書房 をご紹介します。 ご購入はこちらから 作中より文章を引用します  彼女のいう通信量というのはつまり情報分布映像(インフォトグラフィ)で見ろということだろうか。僕は言われるがままに啓示視界にフィルタをかけた。  そして、息を飲む。  部屋が血塗れになっている。  唾を飲み込む。もちろんそれは血ではなかった。 なんのこっちゃと思われたかもしれません。当然です。情報分布映像(インフォトグラフィ)とか啓示視界とか見慣れない単語がありますし、部屋が血塗れになってるのに血じゃないってまるで禅問答です。 結論から言ってしまうと、 この物語の舞台は近未来 です。 情報材 という、微弱電流で外界のすべての情報を収集し発信する素材の開発で、今とは比べ物にならないくらい世界の情報流通量が増えた世界。情報過多による精神疾患が自殺の原因の上位に来るような、脳の酷使で人類が疲弊しきった時代があり、その少し後の時間軸のなかに主人公御野・連レルはいます。 情報過多の世界を生き残るために、人類が開発した思考補助機能― 電子葉 ―の脳への取り付けが義務化されており、その電子葉を使うことで人類は世界のありとあらゆる情報を「知る」ことができるようになりました。 情報分布映像 、 啓示視界 はいわば電子葉の機能の1つであり、ゲームの中の世界のように視界のなかにブラウザのような画面を表示させることができます。 〝「知る」という言葉の意味がこの二十年で変わった〟という風に主人公は表現します。若者は電子葉を使って調べられるものすべてを「知っている」といい、老人は自分の頭のなかにあることだけを「知っている」という。その間の世代に御野・連レルがいます。 人類の生活に欠かせなくなった 電子葉 、そして 情報材 によるネットワークのすべてを開発した天才道終・常イチとの出会いにより、御野・連レルはランク5を目指します。常イチは連レルに、自由になれといってランク5を目指すよう言いました。 ランク というのは、情報によって区別された階級です。ランク0は自分に関する情報の流出を止められず、一方で他者に関わる情報をほぼ収集できません。一方御野・連レルのランク5は自分に関する情報の秘匿性は守られていながら、機...

トイレから始まる急接近「ロールアウト|クジラの彼」

originally posted in 2018-3-13 短編集「クジラの彼」より「ロールアウト」のご紹介です。 【おすすめポイント】 過去にご紹介した表題作「クジラの彼」と同様、自衛隊員の男性と一般人の女性のラブコメです。 少しだけ異なるのは、女性側が航空機を設計するメーカーの社員であるという点です(接点あり)。 現場で働く隊員の総意を背負う高科と、予算や設計の都合上からトイレの「コンパートメント化」(音が漏れない仕様と言った意味のようです)に反対するメーカーのバトルの中、メーカー側の唯一の女性として参戦した絵里は男性トイレを通路として使うことを要求する高科に反発を覚える。 ある日絵里は男性トイレのなかに一人取り残されそこに用をたそうと男性が来てしまい……! 男性と女性の排泄の在り方、考え方の違いから生まれた摩擦は、膝を突き合わせて話し合った結果相互理解に至る。それはやがて恋愛感情にも飛び火して……? トイレの問題から始まる恋という着眼点はなかなかないと思いました。自衛隊とメーカーのやり取りが想像できて楽しいです。 ……くれぐれも食事中には読まないでください(笑) 春瀬由衣

自衛隊員の一般人とは少し違う、しかし切なさと愛しさは変わらない恋「クジラの彼」

originally posted in 2018-3-4 物書きの端くれとして題名が目を引く本を古本屋で探したときに見つけた短編集。空の中より始まる自衛隊ラブコメシリーズの一冊。 【おすすめポイント】 題名の付け方に迷っていたときに古本屋で見つけた一冊。著者はラブコメであることを題名に盛り込みたかったようだが、一人の読者を新規獲得できたのであながち悪い題名でもないと思う。 「空の中」「海の底」「塩の街」などの長編の世界観で書かれているらしい(勉強不足のためそれらは未読)が長編を読まないでも話は理解できる。しかし読んだ方が理解が深まるのも確かだろう。いつか読みたい。 今回はあえて「いち短編集」として読んでみた。 表題になっている「クジラの彼」しがない短大卒の女性が潜水艦乗りの男と付き合うことになる。その直接的な要因が言葉のセンスってところに痺れる。 ハルこと冬原春臣が初めて主人公の前で泣くことになった事件というのが前出の長編で出てくるのだろう。やはり読んだ方がよりハルの心情が理解できる。それでもハルが泣くときの描写が目に浮かぶように痛々しい。 他の短編も順次再読します<(_ _)> 春瀬由衣

人間の声にならないもがきを救いとる文体「羊と鋼の森」

originally posted in 2018-2-26 単行本を図書館で借りて大好きになり、文庫版を買いました 「羊と鋼の森」宮下奈都著 【おすすめポイント】 田舎の学校でたまたま会った調律師に憧れ、同じ楽器店に就職した外村という青年の視点で描かれる物語。 天性の才能があるわけではない彼は、ピアノの音と向き合い続けます。言葉にできない”音”という事象に名前をつけ、通じるか通じないかギリギリのところで客と目指す音の風景を合致させていく気の遠くなるような作業。「明るい音」とは、「柔らかな音」とは”何か”、様々な比喩を用いて考える場面が私は好きです。 作家という職業も、この小説における調律師に似ていると感じました。言葉にしたら霞んでしまうなにかを、それでも言葉にして伝えなければならない。正解なんてない。「正しいという言葉には気を付けなければならない」――作中の言葉です。 羊毛のフェルトが鋼の弦を叩く。それだけのことに、主人公は美を見ます。世の中の美しいものをすくいとって人に気づかせてくれる存在だと言います。 なかなか成果のでない仕事に、ひたむきに向き合う青年と周りの人間たちの物語。この道を行けと先導してくれる世界は優しいけれど、一方では残酷なんだと感じました。 もがき苦しみ自分の進むべき道を見つけようとする、一目みたら醜いようなことに、柔らかく寄り添ってくれる作品です。 春瀬由衣