人間の声にならないもがきを救いとる文体「羊と鋼の森」

originally posted in 2018-2-26

単行本を図書館で借りて大好きになり、文庫版を買いました

「羊と鋼の森」宮下奈都著


【おすすめポイント】

田舎の学校でたまたま会った調律師に憧れ、同じ楽器店に就職した外村という青年の視点で描かれる物語。

天性の才能があるわけではない彼は、ピアノの音と向き合い続けます。言葉にできない”音”という事象に名前をつけ、通じるか通じないかギリギリのところで客と目指す音の風景を合致させていく気の遠くなるような作業。「明るい音」とは、「柔らかな音」とは”何か”、様々な比喩を用いて考える場面が私は好きです。

作家という職業も、この小説における調律師に似ていると感じました。言葉にしたら霞んでしまうなにかを、それでも言葉にして伝えなければならない。正解なんてない。「正しいという言葉には気を付けなければならない」――作中の言葉です。

羊毛のフェルトが鋼の弦を叩く。それだけのことに、主人公は美を見ます。世の中の美しいものをすくいとって人に気づかせてくれる存在だと言います。

なかなか成果のでない仕事に、ひたむきに向き合う青年と周りの人間たちの物語。この道を行けと先導してくれる世界は優しいけれど、一方では残酷なんだと感じました。

もがき苦しみ自分の進むべき道を見つけようとする、一目みたら醜いようなことに、柔らかく寄り添ってくれる作品です。

春瀬由衣

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