情報の殴り合いの果ての世界「know」

画像 写真AC

野崎まど著、「know」 早川書房 をご紹介します。

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作中より文章を引用します
 彼女のいう通信量というのはつまり情報分布映像(インフォトグラフィ)で見ろということだろうか。僕は言われるがままに啓示視界にフィルタをかけた。
 そして、息を飲む。
 部屋が血塗れになっている。
 唾を飲み込む。もちろんそれは血ではなかった。
なんのこっちゃと思われたかもしれません。当然です。情報分布映像(インフォトグラフィ)とか啓示視界とか見慣れない単語がありますし、部屋が血塗れになってるのに血じゃないってまるで禅問答です。

結論から言ってしまうと、この物語の舞台は近未来です。情報材という、微弱電流で外界のすべての情報を収集し発信する素材の開発で、今とは比べ物にならないくらい世界の情報流通量が増えた世界。情報過多による精神疾患が自殺の原因の上位に来るような、脳の酷使で人類が疲弊しきった時代があり、その少し後の時間軸のなかに主人公御野・連レルはいます。

情報過多の世界を生き残るために、人類が開発した思考補助機能―電子葉―の脳への取り付けが義務化されており、その電子葉を使うことで人類は世界のありとあらゆる情報を「知る」ことができるようになりました。情報分布映像啓示視界はいわば電子葉の機能の1つであり、ゲームの中の世界のように視界のなかにブラウザのような画面を表示させることができます。

〝「知る」という言葉の意味がこの二十年で変わった〟という風に主人公は表現します。若者は電子葉を使って調べられるものすべてを「知っている」といい、老人は自分の頭のなかにあることだけを「知っている」という。その間の世代に御野・連レルがいます。

人類の生活に欠かせなくなった電子葉、そして情報材によるネットワークのすべてを開発した天才道終・常イチとの出会いにより、御野・連レルはランク5を目指します。常イチは連レルに、自由になれといってランク5を目指すよう言いました。

ランクというのは、情報によって区別された階級です。ランク0は自分に関する情報の流出を止められず、一方で他者に関わる情報をほぼ収集できません。一方御野・連レルのランク5は自分に関する情報の秘匿性は守られていながら、機密情報や他人のプライベートの情報まで自由にアクセスできます。

連レルはランク5になり、敬愛する常イチ先生の作った世界を決定する基底コードを眺めて暮らします。ランク5になったというのに、一向に代わり映えしない世界に(恐らく)飽き飽きしながら。

一方連レルは常イチの言動に矛盾を感じます。自由で在れと言っておきながら、彼自身が不自由極まりないランクの形成に大きく関わっていたのです。――そして、常イチを慕いその行動原理を熟知している連レルの手によって、基底コードのなかに暗号が見つかります。

行方をくらましていた常イチは、果たしてその暗号の示した時刻にその場所にいました。

天才常イチの残した謎、常イチが連レルに託した少女・知ルの行動の意図、そして作中最後の一文

「死んだ後のことなんて、子供でも知ってるよ」
 パズルのピースが符合する瞬間に、とてつもなく震えます。

世界観、専門用語、登場人物の名前の奇妙さに初めは戸惑うかもしれませんが、ミステリーでもありファンタジーでもありSFでもある本作は人類がやがて通る道のようでとても興味深いです。もしかしたら数十年後、我々や我々の子どもたちは、デジャヴを覚えることになるのかもしれません。

春瀬由衣

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