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デジタル社会に浮き上がる人の死「dele」

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テレビドラマ化もされた、新時代のミステリー「dele(ディーリー)」についての書評です。 引用: アマゾン ミステリー界隈の作家から流れてくる「ミステリーを書く上での作法」の1つに、冒頭でとりあえず死体は転がしとけ、というものがあります。 人が死なないミステリーというのも無きにしも非ずですが、ミステリーという分野に読者が求めるのはやはり謎が解けた爽快感であったり正義のために奮闘する主人公側に感情移入したりということを読書経験として求めています。 そんなことが求められている業界で、「事件」というのは物語が始まるきっかけです。それが始まってくれないことには読者は「これでは求めている読書経験は得られない」と逃げてしまいます。 前出した作法は、そういう点で読者を飽きさせない手段として言っていることだと思うのですが、ご紹介する小説「dele」ではその点の導入が見事です。 短編の集合が全体として1本に繋がる、という形式をとる本作の舞台は、「dele.LIFE」という会社です。仕事は依頼人が生前に、自分の死後消去してほしいと依頼したデータを、死亡確認が取れ次第消去すること。誰かの死が前提となった点で、ミステリーファンのハートをつかむことに成功しています。 主人公は「dele.LIFE」に就職した祐太郎。ドラマでは 菅田将暉さん が演じましたね。 祐太郎は上司である圭司に命じられ、パソコンやスマホが一定時間以上起動されなかった依頼者の関係者と偽り、依頼者の死を確認する仕事に就きます。ある意味、堅気の世界ではグレーの仕事ですね(笑) 私が1番好きなのは、「ドールズ・ドリーム」 この短編が始まった時点では、依頼者は死んでいません。dele.LIFEという舞台に「死」が匂わせられているからこそできる展開ですね。 消去してほしいと依頼されたファイルの中身には何もありません。戸惑う二人に、コンプライアンスを無視してファイルの中身を教えてほしいと迫る依頼者の夫――。 ファイル名と夫の不倫相手のイニシャルが同じだったことにドキリとしますが、最後はほんのり切なく、温かい展開でした。 続編もすでに発売されているので、是非読みたいと思います。 春瀬由衣 サイト訪問者の皆さまへ ブログランキング参加中で

断絶は、繰り返す「86-エイティシックス-Ep.4 」

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originally posted in 2018-8-30 86シリーズの最新刊、Ep.4の書評です。 以下ネタバレが含まれますのでご注意ください。 引用:アマゾン ★。o○o。。o○o。。o○o。。o○o。。o○o。。o○o。。o○o。★ 共和国人のレーナとエイティシックスのシンは、連邦で再会する。彼らの共闘は、共和国北部の地下にあった。  今作で特徴的なのは、連邦によってレギオンから〝救われた〟立場の共和国臨時政府のなかで、ある勢力が台頭していること。  エイティシックスを正しく運用すれば十分に勝機はあったとし、〝有人式無人機〟のプロフェッサーであるエイティシックスをモノとして、連邦側に返還を求める。  有色人種だけを戦場に追いやり、自分たちはのうのうと平和を享受しただけではなく、いざ大攻勢のときには戦わずに散っていった、アルバと呼ばれる白人たち。彼らは連邦による保護下に置かれてもなお、エイティシックスを豚扱いするのに余念がない。 どの面下げて、と憤るかと思えば、シンたちエイティシックスは意にも介さず日常を送る。 強いのではなく、弱いところを擦り落とされることでしか生きてこれなかったという言葉が重い。 エイティシックスらも、白人たちのことを〝白ブタ〟と蔑んでいる。お互いに、相手を人間を思ってはいない。 共和国のアルバが作りだした壁は、エイティシックス側からも強固に補強されている。 同じ人種のアルバたちの横暴や傲慢に憤り、自分の罪のように思うレーナは、シンの「レーナは別だ」という言葉に、アネットというシンの幼なじみはシンの記憶のなかに自分がいないことに、謝罪する機会すら与えられずに苦しむことになる。 バトルの描写も、相変わらず汗を握りますが、「人間同士の断絶」ということが注意深く描かれていると感じました。 この世界観が好きでたまらない私としては、5巻が楽しみで仕方がありません。 いまからでもこのディストピアに、戦いに酔いしれてください。 春瀬由衣 サイト訪問者の皆さまへ ブログランキング参加中です。下のリンクをぽちっと投票お願いします(๑•̀ㅁ•́ฅ✧ 人気ブログランキング にほんブログ村

似たもの同士の戦場 「86―エイティシックス― Ep.3」

originally posted in 2018-8-5 えー、ハードなディストピアものの第3巻です。お待ちかねです。 以下ネタバレを含むのでご注意ください ★。o○o。。o○o。。o○o。。o○o。。o○o。。o○o。。o○o。★ 所感 読み進めるごとに、「重厚な人間劇を書かれる……実に重厚だ……」と思うほど、読み応えのある第3巻。案の定レギオンには苦戦を強いられ、共和国を彷彿させる無謀な作戦に彼らは従うことになる。 守るべきものも、帰るべき場所もないのに、何故。 そんな読むのが相変わらず辛い物語を読み終えて、読後のお楽しみの後書きに突入。 ワイ「なんだとおおおおおお」 作者曰く、2~3巻はプロットの段階では軽快なバトルものに過ぎなかったとか。 ワイ「どこにその面影があるんですか怒りますよ!」 そんな3巻です。ハイ。ハイ…… 概要 帝国最後の女帝フレデリカと、エイティシックスのシン。2人は過去に囚われているという点で似通っており、それでいて少しだけ違う。 フレデリカには、レギオンに取り込まれたかつての騎士を討たなければならないという理由があった。しかし、シンは「兄を討つ」という生きる理由を果たしてしまっていた。その点シンはフレデリカの先を歩いているともいえる。 5年後に定められていた死を前に、誇り高く戦う。そうやって折り合いをつけることで筆舌に尽くしがたい荒涼とした世界を生きてきた彼らにとって、平和に長く生きることができる世界、は苦しい呪いに過ぎなかった。 無謀な行軍で討ち果たすべきは、生き残った人類の希望のすべてを射程に収めた要注意戦力。そしてくしくもそれは、フレデリカが愛した近衛兵の亡霊だった……。 絶体絶命のシンを救ったのは、幼い女帝とかつてのハンドラー。互いに死んだ者と思っていた2人が再会する。1巻の終わりに、やっと我々は追いついた。 好き……救いようのない世界好き…… 4巻が楽しみですッ 春瀬由衣

耽美な束縛愛に身を投げろ「愛に飼われて 騎士団長と奴隷姫」

originally posted in 2018-7-24 城月りりあさん[ @ RiriaShirotsuki   ]のデビュー作、「愛に飼われて 騎士団長と奴隷姫」のレビューです。 小説投稿サイトエブリスタの「 エブリスタ小説大賞2017 ティアラ文庫&オパール文庫 オトナのラブストーリー大賞 」を受賞した本作。 ファンタジー世界における甘々の恋愛モノで才能を発揮されている城月りりあさんのデビュー作となった本作も、とっても甘い情事の描写があります。 ええ、未成年にはもったいなくて見せたくないほどに(`・ω・´)←え しかし、この作品の第一の魅力は謎に満ちた登場人物であると私は思います。 記憶を喪失したまま奴隷商人の手から逃れるべく走るオフィーリア、王族に表れる青い瞳を持つ騎士のルーク、王位継承権を争う二人の王子。 情熱的な愛の言葉に、見え隠れする互いの苦悩と葛藤。 そしてハッピーエンドの際には、全ての謎が収束し見事の一言でした。 甘々マイスターと勝手に呼ばせていただきます!←無許可 皆さんもぜひ書店などでお買い求めください~ 春瀬由衣

――安寧は、囚われと変わりないから 「86-エイティシックス- Ep.2」

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originally posted in 2018-7-8 86-エイティシックス-Ep.2 ラン・スルー・ザ・バトルフロントのレビューです。 ※シリーズ2作目の本著ですが、以下の書評には1作目のネタバレが含まれます。ご注意ください ※ ★。o○o。。o○o。。o○o。。o○o。。o○o。。o○o。。o○o。★ レギオンから土地を取り戻し、連邦の手によって再会したレーナとシン。これは彼らがレギオンの大侵攻から生還する前のお話。 「行きつくところまで行きついて」、病室で目覚めたシン。地の果てから湧いてくる無人機”レギオン”の生みの親である帝国は、革命で連邦と名を変えていた。その暫定大統領に保護され、一時の平和を享受するかつてのエイティシックスたち。 暫定、大統領 連邦にも事情があった。レギオンの攻勢に耐えるべく兵士が必要なのは変わりなく、革命以前の階級のしこりもまだ残る。 そんななか、彼らエイティシックスは、再び戦場に向かう。幸せになれと願う大人には残酷だが、死した仲間を想うからこそ、平和な町は自分たちの居るべき場所ではないと知る。 同時に、大統領に保護されていた帝国最後の女帝フレデリカにも、戦地に赴く理由があった――。 前作に引き続き、熾烈な戦いを強いられる子どもたちの物語。彼らにとって、戦地の存在を忘れ安寧を享受することは死者の想いを継ぐことと同義ではなかった。 上下巻の上である本作はそれだけで完結しているわけではありませんが、新しい土地と新しいキャラクターの織りなす物語にもっともっと入り込みたいと思ってしまう構成でした。 個人的には、フル・フロンタルの某セリフを思い浮かべたり……(笑) 下巻も読み次第レビューさせていただきます! ディストピアに生き様あり。 春瀬由衣

――月に導かれ、彼らは忘れていく「月の輝く夜、僕は君を探してる」

originally posted in 2018-6-28 柊永太著、月の輝く夜、僕は君を探してるの書評です。 そして、今年の全国ビブリオバトルで私がプレゼンしようと思っている本です!!!! エブリスタで仲良くして頂いていた柊さんが書籍化したときはとっても嬉しかった一方、自分も頑張らなきゃとライバル心がメラメラしました(笑) さて、本題です。 一見ただの青春群像劇……? 晦人(かいと)と朔奈(さくな)、他の仲間たちとたわいもない話をして歩く日常。そんななか各人の誕生日を聞こうという流れになり、晦人は仲良し組の誕生日を聴いていく。 ――その刹那、気づかず道路に出てしまっていた朔奈が、トラックに呑まれた。晦人はほのかに思いを寄せる相手の誕生日だけ聞けぬまま、永遠の別れを迫られて……? 晦人はしばらく学校を休んでしまいます。仲良し組も各々心に重いモノを抱えながら過ごしますが、冬休みが終わると校舎内に幽霊が出るという噂がます。 そこからというもの、一気にジャンルが「青春」から「ミステリー」に。 星と記憶 幽霊は朔奈でした。しかし、朔奈は不思議な行動律に支配されあるランダムな時間帯に彼女は記憶を失い晦人たちも彼女に会えません。 決定的だったのは、あれほど仲のよかった仲良し組たちが順番に「 朔奈の記憶をすっぽりと失います 」 晦人に残された想い人の記憶のタイムリミットは?記憶が失われる意味は?表紙の彼女が月を抱いているのはどうして?? 占星術や惑星の運行に詳しい&興味がある人は、とっても楽しんで読めると思います。もちろん私のように知らない人も!! 今年全力でお薦めしたい小説の1つです。 皆さん、買わないと損ですよ! 春瀬由衣

彼らにとって死さえ自由の平原だった「86―エイティシックス― 」

originally posted in 2018-6-24 86―エイティシックス― 電撃文庫 安里アサト著についての書評です。 85の区画内に、優等人種の白人だけがのうのうと暮らし、ヒトとして認められなかった者(有色人種)だけが戦闘区域で次々と押し寄せる敵部隊に死んでいく…… 俗に86(エイティシックス)と呼ばれるようになった有色人種たちは、共和国の自由と平等の概念からはみ出した豚として扱われ死んでいく。そして共和国は、「人間の尊厳を守り戦時増税もせず敵を跳ね返し続ける国」として国民(白人たち)の喝采を浴びる…… ラノベと侮るなかれ。使われている通信技術が”知覚同調”でなく”無線”なら、押し寄せる敵が”AI型無人機”ではなく”ISに洗脳された自爆兵器”なら、86(エイティシックス)は現代劇になる。そして、今もなお存在し続けているのかもしれない。 存在してはならない者たちの悲哀―― 人の意識の奥深くに眠る差別意識と、言葉のすり替えによる安寧に、痛々しいまでに明かりを当てた本作は、光を覗き込む側の私たちが光に目を潰されるかもしれない、衝撃のディストピアファンタジーである。 兎に角、読んでくれ。しゅごい。 春瀬由衣

手に汗握る身分差恋と空戦「とある飛空士への追憶」

originally posted in 2018-4-18 「とある飛空士への」で始まる恋と空戦の物語の一冊目の物語です。 恋と空戦の物語とあるように、兎に角何に対しても手に汗握ってしまう作品。 敵対しあう二つの国の民族の血を引く主人公狩乃シャルルは、混血児を指す蔑称の「ベスタト」という最下層民として帝政天ツ上の民と神聖レヴァーム皇国の民にいつもいじめられていた。  彼の母は幼い主人公を残し言いつけを守らなかったことである屋敷の召使いを解雇され死ぬ。それから彼はいつも一人だった。  凄惨なそのくらしに主人公が何とか耐えられたのは、とある貴人のお嬢さんとの淡い思い出だった。死にかけていた彼は神父に助けられ、やがて傭兵として飛行機に乗ることになる。  空には身分が無い、それが彼を空に向かわせる要因だったが、ある日敵国の包囲網に囲まれた孤島から次期皇妃を脱出させる任務に就くことになる。しかしお嬢さんはあの頃と違い、監視される暮らしに心を閉ざして笑み一つ見せない。  一方彼女は幼い頃に規律を破って寝るまでの間寄り添ってくれた女性の召使いに恩を感じており――。  敵国の編隊から逃げる描写は息を呑み、死を間近に感じたお嬢さんは生をその身に取り戻す。生死の境で彼女をファナと呼んだシャルルは、しつこく追尾してきた敵の戦闘機の一翼がもげたことを確認した。  恋にも戦闘にも、別れにも心打たれる傑作です。飛行機好きはたまらんだろうなあ。  ぜひ手に取って結末をみてくださいね(*'ω'*) 春瀬由衣

トイレから始まる急接近「ロールアウト|クジラの彼」

originally posted in 2018-3-13 短編集「クジラの彼」より「ロールアウト」のご紹介です。 【おすすめポイント】 過去にご紹介した表題作「クジラの彼」と同様、自衛隊員の男性と一般人の女性のラブコメです。 少しだけ異なるのは、女性側が航空機を設計するメーカーの社員であるという点です(接点あり)。 現場で働く隊員の総意を背負う高科と、予算や設計の都合上からトイレの「コンパートメント化」(音が漏れない仕様と言った意味のようです)に反対するメーカーのバトルの中、メーカー側の唯一の女性として参戦した絵里は男性トイレを通路として使うことを要求する高科に反発を覚える。 ある日絵里は男性トイレのなかに一人取り残されそこに用をたそうと男性が来てしまい……! 男性と女性の排泄の在り方、考え方の違いから生まれた摩擦は、膝を突き合わせて話し合った結果相互理解に至る。それはやがて恋愛感情にも飛び火して……? トイレの問題から始まる恋という着眼点はなかなかないと思いました。自衛隊とメーカーのやり取りが想像できて楽しいです。 ……くれぐれも食事中には読まないでください(笑) 春瀬由衣

コンビニ店員と客の物語「コンビニ物語~カウントダウンシガレット~」

originally posted in  2018-03-07 エブリスタ発短編集「5分後に涙のラスト」2作目レビューです 【おすすめポイント】 なんでもないコンビニ店員が、ある客の不思議なタバコの買い方に気づくところから物語は始まる。 一日経る度に一つ数字の小さいタバコを注文するその老人が30番を頼んだころに、店員は客の異変に気付く。 面白いタバコの買い方をする客という認識からだんだんと思い入れが強くなり、主人公はカウントダウンを心の中で応援するようになる。しかし客の異変に気づいてからは、その時間帯は苦痛になってきて…… 一番のタバコを渡す日が永遠にこなければいいのにと思う一作。 エブリスタ内での短編新人賞「妄想コンテスト」入賞作からさらに珠玉の作品を集めた「5分シリーズ」は、河出書房から続々刊行中。 春瀬由衣

変わっていく過去と現在に違和感なく引き込まれる「不変のディザイア」

originally posted in  2018-03-05 エブリスタ作家の短編集「5分シリーズ」内の感動の一作 【おすすめポイント】 過去の自分にメールが送れるアプリを主人公が使うところから話は始まる。やや半信半疑ながらも、目の前の悲劇をなんとしても避けるべく一年前の自分にあの手この手で愛する人との交際を諦めさせようとする。 メールを過去の自分が見たことによる過去の変化は、現在の自分の記憶に”付け加えられ”ていく。メールを送るたび過去は変わり、主人公はそれを認識しては落ち込む。どうやっても悲劇は避けられないのか……? 「ああまた記憶が上書きされた」というスタンスから「ああそういうこともあったな」に変わっていく過程に違和感がない。そして”付け加えられた”記憶を確かに”思い出す”たびに、変えた過去には幸せが付加されていく。 悲劇は、ある意味避けられなかった。しかし、アプリは死にゆく主人公に一筋の希望を与える。 手の込んだプロットに感服。涙活したい人におすすめかも。 エブリスタ内での短編新人賞「妄想コンテスト」入賞作からさらに珠玉の作品を集めた「5分シリーズ」は、河出書房から続々刊行中。 春瀬由衣

自衛隊員の一般人とは少し違う、しかし切なさと愛しさは変わらない恋「クジラの彼」

originally posted in 2018-3-4 物書きの端くれとして題名が目を引く本を古本屋で探したときに見つけた短編集。空の中より始まる自衛隊ラブコメシリーズの一冊。 【おすすめポイント】 題名の付け方に迷っていたときに古本屋で見つけた一冊。著者はラブコメであることを題名に盛り込みたかったようだが、一人の読者を新規獲得できたのであながち悪い題名でもないと思う。 「空の中」「海の底」「塩の街」などの長編の世界観で書かれているらしい(勉強不足のためそれらは未読)が長編を読まないでも話は理解できる。しかし読んだ方が理解が深まるのも確かだろう。いつか読みたい。 今回はあえて「いち短編集」として読んでみた。 表題になっている「クジラの彼」しがない短大卒の女性が潜水艦乗りの男と付き合うことになる。その直接的な要因が言葉のセンスってところに痺れる。 ハルこと冬原春臣が初めて主人公の前で泣くことになった事件というのが前出の長編で出てくるのだろう。やはり読んだ方がよりハルの心情が理解できる。それでもハルが泣くときの描写が目に浮かぶように痛々しい。 他の短編も順次再読します<(_ _)> 春瀬由衣

ー善と悪、破滅と復興ー「ソウルトランサー」

originally posted in 2018-3-2 エブリスタ発、魂交換者たちの生きざまを描く 【おすすめポイント】 廃墟となったテーマパークで、人格が入れ替わる謎の現象が起こる。重罪を犯した犯罪者に与えられるクライムレベル上位のハッカーを捕らえるはずが彼女と”ソウルトランス”されてしまった特対の青年は、深層を暴くべく地下深くの扉へ向かう。テーマパークの復活を願う美少女ハッカーと忌むべき思い出からそれを憎む特対の関係性は、トランスで変わっていく。 とりかえばや物語に始まる男女交代の手法で、善と悪を描いたアサスペンス。ハッカーには犯罪を犯したという自覚はなく、廃墟にも人間の命はある。ソウルトランスされて魂の脱獄を果した闇の帝王はかつての教官。バトルは息を呑むリアリティ、何回も裏切られるどんでん返しと伏線回収は見事! 初めてweb発の小説を買ったのがこの小説でした。 スリリングなアクションが好きな人におすすめかな。 徳間文庫 冒険エンターテインメント小説賞大賞受賞作を是非。 春瀬由衣

復讐を遂げても残る傷、人を救う意味「精霊の守り人シリーズ」

originally posted in 2018-2-28 上橋菜穂子先生の代表作。アニメ化、実写化もされた人気のファンタジー小説。 【おすすめポイント】 バルサという女用心棒が救ったのは皇子だった? 聞いただけでは「ラノベかよ」という粗筋からは想像できない重いテーマが詰まっているシリーズです。 全てを失ってまで自分を守って逃避行を続けてくれたジグロという男に「貴方が殺した分自分が救う」と告げるバルサに、ジグロが「救うと殺すは紙一重でどちらにも属しはしない」と諭す場面。 激情に駆られて武器を使うことを戒め、「自分が切っ先を相手に向けているときは、その切っ先は自分の魂にも向いているのだ」と教えてくれる場面。 物語が始まった時点では故人のはずの養父ジグロと、父を殺した母国に複雑な感情を持ち続ける女性バルサの掛け合いに、私は学ぶことが多いと感じました。 NHKでは実写化もされましたね。原作では皇子チャグムが主人公ゆえ大国と一人交渉する成長したチャグムがシリーズ終盤では見どころになるのですが、実写化でバルサを主人公にする上でバルサが死んだはずのジグロと相対する「闇の守り人」を最終章の見どころにした解釈も私は好きです。 上橋菜穂子先生は、伝える媒体によってどうすれば物語が活きるか、ということを深く掘り下げ、原作者である先生自ら必要に応じて物語を改変する姿勢がとても好きです。メディアによる芸術表現に貴賎はないと見ているように感じていますし、「自分の文章表現が至高なのだから1ミリも変えるな!」みたいな先生ではアニメも実写も上手くいかなかったと思います。 色々なメディアが混在するサブカルの時代の要請に応えた作家といえると思います。 実写化が原作ファンからも支持を得た稀有な例かもしれません(笑) 上橋菜穂子先生のファンになって久しいのですが、「鹿の王」も気になってます。単行本版は借りて一度読んだのですが内容を忘れてしまっています(;'∀') また読み次第レビュります(*'ω'*) 花粉の季節ですがご自愛ください 春瀬由衣

人間の声にならないもがきを救いとる文体「羊と鋼の森」

originally posted in 2018-2-26 単行本を図書館で借りて大好きになり、文庫版を買いました 「羊と鋼の森」宮下奈都著 【おすすめポイント】 田舎の学校でたまたま会った調律師に憧れ、同じ楽器店に就職した外村という青年の視点で描かれる物語。 天性の才能があるわけではない彼は、ピアノの音と向き合い続けます。言葉にできない”音”という事象に名前をつけ、通じるか通じないかギリギリのところで客と目指す音の風景を合致させていく気の遠くなるような作業。「明るい音」とは、「柔らかな音」とは”何か”、様々な比喩を用いて考える場面が私は好きです。 作家という職業も、この小説における調律師に似ていると感じました。言葉にしたら霞んでしまうなにかを、それでも言葉にして伝えなければならない。正解なんてない。「正しいという言葉には気を付けなければならない」――作中の言葉です。 羊毛のフェルトが鋼の弦を叩く。それだけのことに、主人公は美を見ます。世の中の美しいものをすくいとって人に気づかせてくれる存在だと言います。 なかなか成果のでない仕事に、ひたむきに向き合う青年と周りの人間たちの物語。この道を行けと先導してくれる世界は優しいけれど、一方では残酷なんだと感じました。 もがき苦しみ自分の進むべき道を見つけようとする、一目みたら醜いようなことに、柔らかく寄り添ってくれる作品です。 春瀬由衣